読書感想:十二月、君は青いパズルだった

 

 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様にとって、最も無くしたくないものは何であろうか。お金と答える読者様もおられるかもしれない。愛、と答える読者様もおられるかもしれない。その答えは各人様々、明確な正解というものはないかもしれない。ではそんな中、「記憶」と答えられる読者様は果たしてどれだけおられるであろうか。

 

 

記憶、思い出と言い換えても通用するかもしれないそれ。記憶を無くすのが辛い、と答えそうな人物を思い浮かべるのなら、どこかのマスコットを目指す少女の傍らにいる人物かもしれない。この作品はつまり、そういう作品なのである。「記憶」を巡るお話なのである。

 

何気なく日々を過ごす、ごく普通の少年、陽奈斗。特に語る事もない、特筆するべき所もない。そんな平凡な日々を過ごす彼の元、下駄箱に仕込むと言う古典的な方法で届けられたのは一通のラブレター。

 

「私、先輩のことが世界で一番―――嫌いです!」

 

 だがしかし、その場に現れた後輩、音葉(表紙)が告げたのはどう見ても告白には見えぬ、衝撃的な言葉。だから付き合ってくださいという彼女を馬鹿馬鹿しいと一蹴しようとするも、彼女の体当たり的な行動に引き留められ。気が付けば彼女の行動に巻き込まれる事になってしまう。

 

映画を見に行ったり、一緒にゲーセンで遊んだり。陽奈斗のバイト先に現れて読んだ事もない漫画を押し付けられたり。本心が分からぬ彼女の行動に振り回される中、陽奈斗の目にだけ、何故か光を放つパズルのピースという妙なものが見え始める。

 

それはどこから零れているのか。それは音葉の身体から。噂話程度に囁かれる、「パズル病」と呼ばれる人体から他人には見えぬパズルのピースが零れると共に、記憶が一つずつ抜け落ちていくと言う病。にわかには信じられぬも、見える以上信じるしかなく。そんな中、二人で山登りをした後に音葉は姿を消し。転校したと言うのを後日知らされ、当てもなく、何故か絵を描くことに熱を向け始めながら。陽奈斗は音葉の姿を求め、姿を消した彼女の元へと辿り着く。

 

「俺は、世界一の大馬鹿野郎だ」

 

 だが、パズル病が悪化した彼女は全てを忘却していた。その記憶を取り戻すにはどうすればいいのか。一縷の望みをかけ、パズルならば完成させればいいと欠片を探し。だが、完成した時、全てを覆す真実が明かされる。

 

それは一つの嘘。全ての前提を覆す嘘。何故陽奈斗にはパズルの欠片が見えたのか、何故音葉は嫌いなんて嘯いたのか。そこにあったのは献身。自分の心にすら嘘をついた、彼の為の行動だったのである。

 

だがその行動は届かない。どこまでいっても、パズルは噛み合わず。消えた記憶は戻らない。

 

「世界で一番、大好きですっ」

 

・・・その筈だった。だがどうやら、頑張った分のご褒美は遅れてやってくるものだったらしい。陽奈斗が完成させた一つの作品、それが鍵となり、無くした筈の記憶は帰る。二度と噛み合わぬ筈だったパズルが、ようやく最後の欠片を見つけたかのように噛み合うのである。

 

切なく重く、その先の奇跡が救いとなる温かさのあるこの作品。一抹の感動を見てみたい読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

十二月、君は青いパズルだった (講談社ラノベ文庫) | 神鍵 裕貴, サコ |本 | 通販 | Amazon