読書感想:姫騎士様のヒモ

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 「アマゾン……」 ―ALPHAー このような音声と共に変身し怪物を狩るのはかつて仮面ライダーと呼ばれた「伝説のヒモ」である。という小ネタはさておき、画面の前の読者の皆様はヒモという存在についてどう思われるであろうか。蔑むだろうか、一周回って羨望するだろうか。その答えは各自で考えていただくとして、もしかするとヒモと呼ばれる人々にだって、自分自身の矜持、というものがあるのかもしれない。

 

 

そんなヒモと呼ばれる男がこの作品の主人公であり。先に言ってしまうが異世界ノワールと言う事だけあり、決して爽快感になんて溢れていない、ビターで重い物語が展開されているのがこの作品なのである。

 

封印された創造神の一柱、太陽神が多くの人々に崇拝されているとある異世界。この世界において最後に残された大迷宮、「千年白夜」。迷宮の最深部にある心臓部であり、どんな願いでも叶えると言う「星命結晶」を求め数多の冒険者が迷宮を目指し。かの迷宮の入り口を中心に形成された、冒険者達の街、「灰色の隣人」。

 

 かの迷宮の最深部を目指し日々探索に挑む、亡国の姫であるアルウィン(表紙右)。そんな彼女に纏わりつき日々飼われるヒモが一人。経歴不祥な元冒険者、マシュー(表紙左)である。

 

「男のプライド、ってものをだよ」

 

時に彼女の家を守り、食事を準備し床に至るまで様々なお世話をしながらも、彼女の金で酒場や娼館に入り浸る人間の屑。浪費家であり酒癖、女癖共に最悪な「減らず口」。マシューを見る他人の目はそんなものであり、正にこれでも主人公なのかと思わず聞いてしまいたくなるような人物像。

 

「来いよ、坊やたち。ピクニックに来たわけじゃないだろ?」

 

 ・・・が、しかし。世間の誰も知らぬ、勿論アルウィンすらも知らぬ顔が彼にはある。それは、彼が太陽神に呪われてしまった元最強の冒険者であるという事。そして彼が人知れず、周囲を欺きながら犠牲にしながらも。彼女の為に暗闇の中を奔走しているという事である。

 

小さな、この迷宮都市では当たり前だったはずの事件から始まる大騒動。「解放」と呼ばれる、今は行方不明の禁断の薬を巡り、欲望に満ちた者達の思惑が交じり合い、時にぶつかり合っていく。

 

「君にもうその価値はないよ」

 

「君は悪くない」

 

 そんな混沌の中を、マシューは駆ける。己が目的を果たす為に。親友にすらも嘘をつき、既知の相手を躊躇いなく手にかけその手を血で穢すとしても。アルウィンの秘密を守る為、彼女を守り抜くために。

 

「言っただろ。俺は君の『ヒモ』だって」

 

そう、正にお互いにとってお互いこそが命綱という名の「ヒモ」。もはや逃れる事も出来ぬ一蓮托生の身で。何処までも転がり落ちていくかのように進んでいく、どこか歪で危うい、けれど強固な絆を以て。

 

この作品に登場する誰もが過去と言う脛に傷を持ち。そしてマシューを始め、多くの人物が何処か汚れている。正にノワール、救いようもない程にこの作品は黒い。

 

しかし、だからこそ。正に大賞なのも納得な、何処にもない面白さが。黒いからこそ重厚な面白さがあるのも確かなのである。

 

未だどこにもない面白さを楽しんでみたい読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

姫騎士様のヒモ (電撃文庫) | 白金 透, マシマ サキ |本 | 通販 | Amazon