読書感想:少女と血と勇者先生と

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さて、我々読者はいつかは死ぬ。未来に不老不死にでもなれる技術が開発されでもしない限り、頑張っても百年と少しで死んでしまう。果たして輪廻転生なんていう、物語のような事態が本当にあるかは分からないので、人生は一度きり、死んだらそこで終わりであろう。では、それを踏まえた上で画面の前の読者の皆様に問うてみたい。貴方はもし、死んだとしたらこの世界で誰か、覚えてくれている人がいるだろうか。この世界に「足跡」のようなものは、きちんと遺せているであろうか。

 

とある異世界。この世界には、「異界の裂け目」と呼ばれるものが存在していた。これは、文字通り異世界との繋がる裂け目であり、この異世界の生物を魔物に変異させてしまう気体を運んでくると共に、時に向こう側の魔物すらも招き入れる、この異世界にとっての害悪。この裂け目を封印する者、それは「勇者」と呼ばれる存在。彼等が命がけで封印し、また十年ほどの間に裂け目が復活し、また封印するというサイクルが無限に繰り返されている。

 

 それは、まるで血を吐きながら走り続ける哀しいマラソンかのように。終わらぬ永劫の輪廻、円環の理とでも言うかのように。

 

そんな無限のサイクルの中、一人の勇者は死した。誤解から汚名を背負わされ、自らも絶望を抱え。

 

だが彼は、かつての友人の手により「生ける屍」として復活し、期間限定の仮初の命を得た。その名はクロム(表紙左)。かつて二回、世界を救った勇者である。

 

そんな彼を蘇らせた目的、それはかつての仲間の妹、ライラ(表紙右)の願い。忌まれる力を抱えながらも、勇者になりたいと願った彼女の願いの為に。

 

勇者になれるのは只一人、そして選定の試験はもう間近。ちょっと変わった師弟関係を結び、不器用に、どこかぶっきらぼうなままにクロムは指導に励む事となる。

 

 いつかの時は必ず来る、仮初の命で過ごす束の間の日々。その中、クロムはライラの指導をし、他の勇者候補の少女二名とぶつかるライラを見つめていく中、彼女と向き合い彼女を知り、彼女の中に自身の「足跡」、救いを見出していく。

 

何故、彼女は勇者になりたいと願ったのか。自身を犠牲にするいばらの道に、何故自分から飛び込もうとするのか。他の候補者達とそこまで想いをぶつけ合うのは何故か。

 

そこにあったのは確かに、彼が遺した足跡。彼と言う「勇者」が守り、繋いだ次代の可能性。

 

「ライラ―――俺と共に居てくれて、ありがとう。ずっと俺のために戦ってくれて、ありがとう。・・・・・・いずれまた会おう―――」

 

 だからこそ、訪れた最後の瞬間。彼は笑顔で消えて逝けた。もう彼女も世界も大丈夫、だからこそと安心して彼は去り、遺されたライラは彼の想いを胸に、勇者として立ち上がる。

 

何もかも解決したわけじゃない。何も変わってはいない。これは一度終わった者と、これから始めた者が未来に希望をつなぎ、救いを見出していく、ただそれだけの作品だ。

 

だが、だからこそ残酷なまでの美しさがある。その美しさが心に突き刺さるのがこの作品である。

 

思わず泣ける作品が読んでみたい読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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