読書感想:はじめてのゾンビ生活

 

 さて、ゾンビと言えば動く死体であり頭を潰せば死ぬ、人間を噛みつく、という形で襲ってきて噛まれればゾンビになり、知性を残している個体は高位な個体。という印象を抱かれている方はどの辺りからその印象が来たのだろうか。やはりバイオハザードシリーズであろうか。それはともかく。基本的にゾンビ、というのは人類の相容れぬ敵であり排除すべき怪物である、というパターンが基本であろう。

 

 

しかしこの作品においては、結構違うと言ってもいい。この作品におけるゾンビ、というのは例外なく知性を持つ者ばかりであり。怪物、というよりは新たな人種、として扱われているのだ。

 

そしてゾンビ、というのも悪い事ばかりでもない。もちろん寿命という枷からも解き放たれるし、人間の時よりも元気に、頑丈な体になれる。つまりゾンビだからこそ、という雇用もあり、需要もある。そして、人間のように生鮮食品は食べられぬものの、発酵食品であれば大丈夫。 つまりこの作品におけるゾンビ、というのは別に悪いものでもないのだ。

 

「だって思う存分研究できるもの」

 

「どうする? どうするよ俺?」

 

だけど、ひとつだけゾンビにも出来ぬ事がある。それは子供を残す事。未来には繋げぬ、ゾンビは。ゾンビになってしまえば、その後は続かない。それでも、ゾンビになっても。人類は何だかんだと、それぞれの生き方をしていた。研究者の妻に、ゾンビな夫が実験台にされるのもそれは彼等の愛の形。 ゾンビな女の子二人が男の子を取り合って、バレンタインにチーズで勝負をかけるのも当たり前な日常。

 

「あなたも月で働きませんか?」

 

そんなゾンビたちは、開拓のための労働力として月へ向かい、其処に一つの国を作り上げ。更には火星にまで生存権を広げ。その中で、新たな憲章によりゾンビ、ではなく新人類という呼び名を貰い。新たな人類として、人権を得る。

 

だけど、やはり新人類には先がない。そして、新人類の方が多くなって、普通の人類は新人類の放つ瘴気で死んだり、新人類に変わっていったり。確かに人権は得た、受け入れられた。だけど、気付かぬ間に乗っていた、絶滅までのレールに。 緩やかな終末への道はもはや止められようもなく。 労働力として開発されたロボット達にも、少しずつ場所を取られて行って。

 

だけどそれでも、ひたむきに。いつの間にか当たり前が変わって、世界の均衡が崩れて新たなものに変わって。 それでも皆、確かにそこにいた、生きていたのだ。

 

そんな千年興亡史を、様々な時代の様々な日々を切り取って描いたこの作品。深い作品を読んでみたい読者様は是非。きっと貴方も満足できるはずである。