読書感想:モスクワ2160

 

 さて、モスクワとはロシアの首都であるが、画面の前の読者の皆様は、現在のロシアの印象と言うのは戦争をしている国、ではないだろうか。社会的な話題をするのはこのブログの趣旨に反するのでこのくらいにしておいて。画面の前の読者の皆様は「冷戦」という言葉を歴史の授業で学ばれた事があるであろう。当時の二大大国が宇宙開発競争を繰り広げ、お互いに核のボタンを突き付けあった、緊張感に満ちた時代。今は歴史の教科書の中の出来事、でしかない。

 

 

が、しかし。この作品の中においては冷戦が終わっておらず、二世紀ほども続いている。今の時代から百年と半世紀ほどが経過した辺り、近未来のお話なのだ。

 

かの時代、この作品における舞台であるロシアの首都、モスクワ。長く続いた冷戦は夢も希望も奪い去り、自由も真実も、未来も繁栄もこの街からは消え失せた。戦争から帰ってきたサイボーグ、機械化兵が街をうろつき、街に巡らされた通信網は当局に監視され。吹雪に煙る街の裏側、政府系組織と敵対組織による抗争が巻き起こる。

 

「死体のつもり」

 

この街には一人、「掃除屋」と呼ばれる傭兵がいた。その名はダニーラ(表紙)。いざとなればどの勢力からも存在を否定できる、便利な鉄砲玉。命に値段を付けられ、一山いくらで動かされ。いつの日か死ぬ、それが早いか遅いかだけの日々を、彼は旧式の短機関銃を相棒に駆け抜けていた。

 

いざとなれば切り捨てられる。死んだのならば、記録にも記憶にも残る事無く処理される。生き残るのならば、有用性を示し続けるしかない。

 

そんな日々を、彼は何を希望に生き延びるのか。その胸にあるのは、愛する人、そして弟妹達への思い。モスクワ一の美人と言われる女優、スターシャの元に帰るため。それぞれ裏家業につく弟妹達と過ごすため。幼いころから穴倉に住みながら、生き残るために駆け抜ける。

 

 

だがしかし。本質的には便利な鉄砲玉である彼の元に持ち込まれるのは、くそったれな条件揃いの面倒な依頼。

 

予算を管理する議員の護衛を引き受けたら、特殊部隊が装甲車で押しかけてきて。

 

マフィアの抗争の陽動依頼を受けたら、九人もいる機械化兵とドンパチ繰り広げる事となり。

 

更にはスターシャのお客様である空軍高官が亡命を企てスターシャが政府機関に疑われ。各国の諜報機関が交じり合い戦いとなる中、先んじて機密を入手するために駆けずり回る。

 

 

「やれるだけ、やってみるさ」

 

一歩間違えば命を失う修羅場ばかり。それでも生きるために、明日の生活のために。精一杯駆け回っていくのだ。

 

 

登場人物、皆裏のアングラな人物ばかり。そんな独特の黒さで一種の硬派な面白さがあるこの作品。作者様のダークさが好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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