突然ではあるが画面の前の読者の皆様、貴方はもし魂だけが異世界に飛ばされたとしたら、現実世界と異世界、どちらを選ぶだろうか。
この究極とも言える二択に真っ直ぐに現実世界を迷わず選び、異世界で心を寄せてくれた少女達の想いを振り切って帰還したのが、この物語の主人公、体感時間で二十年もの間異世界で戦い続けてきた少年、戒理である。そして、彼がそこまで帰還を望んだ唯一の理由がヒロインである少女、那乃(表紙)である。
ひとまず戒理に言いたいことはただ一つ、君は某フルメタルパニックの相良軍曹なのかいという事である。いや実際に周りを壊したりしてないだけマシなのかもしれないが。
だがしかしそれは仕方ない事なのかもしれない。例えばもし、画面の前の読者の皆様は自分が生きてきた期間よりも長く自分の常識が一切通用しない世界に囚われたら、どうなってしまうだろう。貴方は二十年前に出会った人の顔を覚えているだろうか。
そう、そういう事なのである。それこそが戒理なのである。全ての常識を忘れただけならまだ良かった。だけど、異世界で身に着けた力はそのままついてきてしまった。だからこそ、簡単に異世界の常識を捨てられなかったのだろう。
そんな彼の手を引き先導する存在こそがヒロインである那乃である。突然の告白に戸惑い面白いからと付き合うことを選び、そして異世界での常識に戸惑い振り回されツッコミの気炎を上げる。
だけど、それでも彼の手を離さない。彼の手を引き街を周り、大切な常識を一つずつ教えていく。まるで異世界での思い出を塗り替えるように。
「先輩、明日はなにしましょーか?」
そう、ここには彼女との明日があるのである、この一文に集約されるように。だからこそ、彼の苦難を知るからこそ二人の視点が絡まり合うこの日常が愛おしくなるのかもしれない。
作者である刈野先生が公共の場では読めない作品を目指したと豪語したこの作品、その言葉が真実がどうか是非画面の前の貴方も見届けてほしい。甘々の穏やかな日常が好きな読者様であればきっとお楽しみいただける筈である。