読書感想:勇者からは逃げられない

 

 さてさて、我々人間というものは社会という枠組みの中にいる限り、逃げられないものはあるであろう。例えば、仕事。大人になれば基本的に仕事をしていかなければ生きていけぬものである。例えば、人間関係。完全に誰とも顔を合わせぬ生活でもしない限り、人間と関わることは避けられず。故に逃げられない、とも言えよう。故に生きづらく感じる時もあるかもしれない。だがそれでも、生きていくしかないのである。

 

 

という訳でこの作品はどんな作品か、というと。手違いから勇者になってしまった、はぐれ者の青年、ソロ(表紙左)が勇者、という立場から逃げられなくなっていく物語であり。ひねくれた小悪党な中、ひとひらの善意で必死に絶望に抗っていく物語なのである。

 

「なんか、かくかくしかじかの村にすっげぇ剣があるらしいぞ」

 

三百年前に女神により打倒された魔王軍が復活、人間が住まう大陸に侵攻している世界。盗賊的な生き方をしているソロは、田舎の辺鄙な村に聖剣らしきすっげぇ剣があると聞き、台座ごと手に入れて売り払ってやろう、と思いつき。夜中、こっそり聖剣の元を訪ね。が、台座は物理法則を無視し抜けず、自棄になって柄に手をかけたら引っこ抜けてしまい。あげくそれを村人の少女に目撃された事で、勇者と祭り上げられる事に。

 

「私と共に世界を救いましょう、勇者様」

 

そこへ話を聞きつけやってきたのは、王女であり騎士でもあるルーナ(表紙右下)。だがしかし聖剣と思った剣、セイントロールは自ら魔剣と名乗り。逃げようにも逃げられず、嘘を看破されるも希望は必要という事で、こっそり勇者として鍛えられることに。だが、そこへ襲来したのは魔王軍の実力者たち。

 

「嘘、続けてくれませんか?」

 

目の前で繰り広げられる戦場、その中でソロを逃がすために他の騎士達と共に死兵となる事を決めるルーナ。目撃する、弱さと勇者の仮面。一世一代のドデカい嘘をつくと決め、ルーナのお付きだった騎士、シュッツと共に脱出し。国王様と面会するも追い出され。ルーナの妹であるソアレ(表紙右上)、シュッツと共に追放され。聖都にてソロのアウトロー仲間であったシスター、ヴァイスを仲間に加え。セイントロールのような超常の武器を集める旅へ。

 

だがしかし、そろそろ画面の前の読者の皆様もお察しではないだろうか。この世界、そんなに甘くないという事を。聖都にまで襲来する魔族、取り込まれる異界、散っていく仲間たち。ソロ自身は、堕ちた天使であった吟遊詩人、アラム(表紙左上)の力も借り、セイントロールの奥の手も用い何とか勝ち残るも、すべてを救えず。

 

「・・・・・・ひとりぼっちは、寂しいんだよ」

 

そんな中、アラムの導きで降臨した神様に持ち掛けられたのは選択肢。この地で死んだ者たちを生き返らせるか、それとも万の命を吸って最強となるか。戦いを終わらせる勇者、であれば選んだはず、ルーナだってそうしただろう選択肢。しかしそれをソロは選ばなかった。敢えて、己から間違えた選択肢を選ぶことを決め。人類を救う勇者となる、という道に嘘を抱え飛び込んでいくのである。

 

極厚で骨太な容赦なきファンタジーであるこの作品。心揺さぶるファンタジーが見てみたい方はぜひ。きっと貴方も満足できるはずである。

 

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