前巻感想はこちら↓
読書感想:忘れさせてよ、後輩くん。 - 読樹庵 (hatenablog.com)
さて、前巻で春瑠の長く続いた片想いに決着をつけ、夏梅と春瑠のラブコメはようやくスタートラインに立ったわけであるが、ほぼ一年ぶりの続刊と言う訳で、画面の前の読者の皆様は何かお忘れではないだろうか。もう一つ、恋心に決着をつけるべき者がいる、というのは画面の前の読者の皆様ももうご存じであろう。
そう、夏梅の後輩である冬莉である。ずっと側に居た、支えてくれた。自分の片思いすらも押し込めて。彼女の恋に向き合わなければ、恋心は本当の意味でスタートラインに立てない。ずっと抱えているのはつらいだけ、だからこそ。
好きだから、このままでいたい。それは現状維持を望む切ない願い。でもそれは叶わない。「陽炎の夏」ではない、別の夏が来るのが今巻なのだ。
春瑠が戻り、夏休みが明け。秋、受験生以外にとっては文化祭等のイベントが迫る季節。しかし受験生である夏梅にとっては、受験勉強のシーズン。日々勉強に励みながら、まるで息抜きをするように。夏梅は冬莉と過ごす時間が増えていた。
そんな中、冬莉の元へ級友から文化祭での合唱の伴奏の依頼が持ち込まれる。まるで夏梅に何かを隠すかのように、けれどそれでも夏梅の思い出に残りたいと、伴奏を引き受ける冬莉。だがそんな彼女の願いを阻もうとする影が一つ。その名はマキナ。文化祭実行委員会の委員長を務める、冬莉の過去を知る者。
彼女が夏梅に明かした冬莉の過去。自分が過去、彼女に「ある事」を頼んでしまったが故に崩壊を招いてしまい、後悔してもしきれずに。だからこそ、もうあんなことは繰り返したくないと道を阻もうとする。
冬莉に起きた事は何か、それは春瑠にも起きた「陽炎の夏」。彼女の元に現れた幻影、それを乗り越える事はもう済んでいる。だがしかし、まだ乗り越えていないものがある。夏梅への恋心を抱えているだけではいけぬ、そう言わんばかりに新しい夏、「忘却の夏」が訪れて。夏梅の中から冬莉との記憶がどんどんと失われていく。
彼がいたから乗り越えられた、彼がいたから進むことが出来た。無くして分かった、大切な彼の存在の大きさ。それを奪われるのは我慢ならぬ。だからこそ何をすべきか。一時的に帰ってきた春瑠に背を押され、冬莉は推薦入試の為に行こうとする夏梅の元へと駆け出していく。
「―――だから高梨冬莉は、あなたにフラれることを選びます。仲良しの後輩に戻るために」
叶わぬと知っている、それでも終わらせるために。茶番めいた告白を夏梅から引き出し、それを拠り所として笑い話にするために。精一杯に勇気を出して、ようやく終わりを告げる。長い初恋が、綺麗な形でやっと終われる。
正に切ない、一番近くにいたからこその痛ましいまでの恋が心を切り裂いていく。正に切れ味鋭い恋が木霊する、けれど何処か温かい恋がある今巻。前巻を楽しまれた読者様は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。