読書感想:拷問魔女

 

 さて、「拷問」と聞くと画面の前の読者の皆様はネガティブなイメージをされるであろうし、恐らく実際そのイメージは間違っていない筈である。最新の拷問は電子機械やらレーザー兵器なども使われているらしいが、古来より最も有名な拷問と言えば何であろうか。「鉄の処女」か、「ファラリスの牡牛」辺りであろうか。何故こんな前書きになっているのかと言われると、この作品のタイトルを見ていただければお分かりであろう。つまりはそう言う事であり、この作品においては「拷問」という要素が重要になってくるのである。

 

 

人魚と呼ばれる魔物が現れ、それが泡となり飛び散り、その泡が人々の中に魔女へと変貌する者を生み。世界は確実に崩壊の危機に満ちている中、「右目の魔女」と呼ばれる「自分に向けられた殺意を返礼する」というどこぞのBORUTOに出てきた子供のような力を持つ彼女はある日、「魔女狩り」(表紙左)の訪問を受ける。魔女狩り、それは政府に協力し一万以上もの魔女を殺しその毒を引き受けてきた者。その毒の力をすべて使えるが故に無敵、そう言ってしまっても過言ではない彼女はある願いを告げる。

 

「わたしのこと、殺してもらえますか?」

 

 それは自らの死。死んでも死に切れぬ彼女の唯一の希望。しかしそれには殺意が必要。だが右目の魔女はあり得ざる感情、「初恋」の念を抱いてしまった。故に魔女狩りの願いは初めから暗雲が立ち込めてきたようなものである。

 

ではどうすればよいのか。ここで鍵となってくるのが「拷問」である。今まで魔女狩りがされてきて嫌だったことをしてみるというのはどうだろう、その提案に基づき、魔女狩りの記憶を元に、拷問の再現を始める。

 

長靴、オーストリア式梯子、掃除屋の娘。古くから伝わる拷問方法、今まで魔女狩りが受けてきたその数々。それを自分達の手で拙く再現しながら、殺意を抱くための方法を考えていく。

 

しかし、同時に深まっていくものがある。それは「恋」の感情。暑い日に何気なく街を歩き、イヤホンをシェアしてアイスを食べて。何気ない日常を過ごす中で二人は、徐々に心近づいていく。

 

 今までは一人だった、それでいいと思っていた。けれど知ってしまった、君がいると言う事を。だから少しだけ欲張りになってもいい。何かを望んでしまってもいい。

 

「ざまあみろ。生きてるぞ」

 

だからこそ、もう少しだけ。そう言わんばかりに。再びの人魚の襲来で更にぐちゃぐちゃになって、より壊れかけた世界の中へ。二人は手を繋ぎ、飛び出していくのだ。自分達の心のままに、好きにするために。

 

この作品、何と言えばいいのだろう? ガルコメというにはあまりにも鮮烈で、ダークファンタジーと言えばあまりにも優しくて。一言では言い表せぬ面白さのあるこの作品、最近のブームに飽きた読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

拷問魔女 (ヒーロー文庫) | 中野 在太, とよた瑣織 |本 | 通販 | Amazon