読書感想:竜殺しのブリュンヒルド

 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様は最初の人類であるアダムとイブが楽園を追放されたのは何故かご存じであろうか。簡単に言ってしまうと悪い蛇に唆されて禁断の果実を食べてしまい知恵を身に着けてしまったからであるが。それはともかく、我々人間には知恵があり、知能があり、記憶力があるし感情もある。だからこそ、時にして強きに過ぎる経験は、忘れられぬ感情を心に焼き付けていくのである。

 

 

とある異世界に存在する、神の造物に溢れた孤島、エデン。かの島の守護者として人間を撃退する竜(表紙奥)はある日、島に流れ着いた人間の少女を拾い。猛毒である自身の血を浴びても尚生き延びた彼女を、神の思し召しと思って育て上げ。十三年の間をまるで本当の親子のように過ごす。

 

 だが、平穏は破られる時が来てしまった。エデンの富を狙うノーヴェルラント帝国、かの国を率いる「竜殺し」の家系の長、ジークフリード家のシギベルトが放った大砲の一撃により竜の命は奪われ。死の淵で形をなくす竜を食らいその力の一部を得た少女、ブリュンヒルド(表紙手前)は帝国へと奪還され、シギベルトこそが実の父親であるという事実を知らされる。

 

「―――神にやり直す機会を与えられても、私は同じ道を選ぶ」

 

その内に燃えるのは、シギベルトへの燃え滾るような憎悪と復讐への願い。だがそれと背反する思いもブリュンヒルドの中に息づいている。死後の再会を望み、誰も憎むなと言い残した竜の言葉もまた、愛として彼女の中に残っている。

 

そんな彼女は人類の世界で、人類として学び、人間としての常識をあっという間に獲得し。生き別れの兄、シグルズとの本音を隠さぬ交流やシギベルトの友人であり、軍人となった自身の上官、ザックスとの交流の中で、まるで狼に育てられた子供が人間世界に馴染み人間になる様に、人間になっていく。

 

「遅すぎる。遅すぎるんだよ」

 

 だが、人間となっても尚。滾る愛は忘れられなかった。「竜の子」であったのなら、人の思いを知らなければ真っ直ぐにいられたのかもしれない。だが「人間の子」に戻り、人の思いを知ってしまった。それが煮え滾る憎悪に注ぎ込まれる事で、復習の歯車を止められなくしてしまったのだ。

 

『その一言で、私は明けない暗闇をいくらでも歩けると思えるのだ』

 

作者様曰く、この作品は勝者の物語であるらしい。では一体、誰が勝者となったのだろうか。愛と勇気の御伽噺、などでは決してないのかもしれぬ。足掻き藻掻いた末に、掴んだ結果は何処か切なく、納得できないものかもしれない。

 

けれど、確かに思い直してみると勝者はいるのかもしれぬ。綺麗な勝利、とは言えぬかもしれないが。

 

骨太でどっしりと、そして心を直球で抉ってくる。「愛」に溢れた王道ファンタジーであるこの作品。王道なファンタジーが好きな読者様は是非。

 

しかしこの作品、シリーズものらしいが次巻、どうするのか。

 

是非皆様も見届けてみてほしい。きっと貴方も満足できるはずである。

 

竜殺しのブリュンヒルド (電撃文庫) | 東崎 惟子, あおあそ |本 | 通販 | Amazon