さて、もうすぐ全国においてまん延防止策が解除される訳であるが、それでもソーシャルディスタンスというものは大切にしたいものである。再び緊急事態宣言、なんてものになったら目も当てられぬ、そろそろ経済を回復させてもいい頃の筈なので。というつぶやきはさておき、ソーシャルディスタンス、即ち「距離感」というものは大切にしたい。近づきすぎてはいけぬ、離れすぎてもいけぬ。人との関係においては適切な距離を保つことが重要だからである。
しかし、世の中には距離感を軽々と飛び越え、ぐいぐいと距離を詰めてくる人種が存在する。そんな人種と出会った時、皆様ならどうされるであろうか。近づくなと突き放されるであろうか、それとも何だかんだと受け入れてしまうであろうか。
この作品の主人公、京介は後者である。そして受け入れてしまったのは、現役でモデルを務めるカーストトップの同級生、綾乃(表紙)である。
自分とは何も関わり合いのない筈だった彼女。しかし彼女をナンパらしきものから助け、更には彼女をやっかみ傘を盗むと言う事態により雨の日に困っていた彼女にわざわざ折りたたみ傘を買って渡し。
「じゃあ、私が藤村を独り占めできるね」
「今度また私の友達の悪口言ったら怒るからね」
そこで二人の関係は終わる、と思っていた。しかしひょんな事から怪我をしてしまった京介を綾乃は一人暮らしの自宅へと連れ込み。熱を出していた綾乃の看病をした、という事で何故か彼女に懐かれて。友達と認識された、関係が始まっていく。
ナンパしてきた男の妹、沙夜と綾乃を切っ掛けとし仲良くなり。誕生日プレゼントを探す為に街へ繰り出す京介と沙夜を、綾乃が尾行したり。
願い事をする権利を賭けてホラー映画を二人で見て、結果的に引き分けとなり。お互いにお願いごとの権利を保有しながらも、決してそれを行使する事もなく。ある事を切っ掛けに京介が自分を女装させる対象として綾乃へ差し出したり。
一緒にご飯を食べたり、勉強したり。陰キャと陽キャ、一番遠い筈の距離を飛び越え進む交流。何気ない時間を積み重ねる中、京介は誰も知らぬ綾乃の一面を知っていく。生粋の陽キャに見えた彼女の弱い部分、年頃の一面を知っていく。
「だから、僕の友達の悪口を言うなよ。僕だって怒るんだぞ」
「だから、これは僕のわがままでもある」
知ってしまった、彼女の実年齢以下の中身を。父親との確執に揺れ、いなくなってしまった母親を想う彼女の心を。姿を消した綾乃を追いかけ、自分の悪さを自虐する綾乃へ京介は毅然と言い、そのわがままに付き合うと告げる。それは、関わらぬと決意した過去の己を越えた行い。「友達」を想うが故の想い。
(―――京介のこと、好きだ)
だからなのだろう、綾乃の中で友情が堤防を越え決壊したのは。当然だったのであろう、その衝動が熱き恋心に変わるのも。
時にシリアス、時にビター。だがそれ故に、友情から始まる甘酸っぱさが引き立てられているこの作品。苦くて甘い、故に面白いのである。
甘いだけの作品ではない作品を読みたい読者様は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。