さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様は写真は撮る方が好きであろうか、それとも見る方が好きであろうか。写真、というものは撮影者の腕前が問われるものであり、例えば岩合光昭さんの撮られる猫の写真のような写真は、心に温かさを齎してくれるものである。
被写体を選ぶ、それは撮影者のセンスによるものであり、それもまた撮影者にとっては重要な事であろう。
「―――俺は、最高のおっぱい写真を撮る!」
では、この作品の主人公である彩人が選んだ被写体とは何か。それは「おっぱい」、すなわち女性の胸部。かつての経験と衝撃的な出会いから彼は、その天才的な写真の腕を全て女性のおっぱいを撮る事に費やしていたのである。
そんな彼の所属するカメラ部に入部してきた一年生、天才的な演技センスを持つ雪希(表紙)を助手に据え、理想のおっぱい写真を求め彼は学園を駆け回っていく。
ある時はお嬢様でもある幼馴染、聖華と写真撮影を巡り勝負を繰り広げたり。
またある時は、陸上部のエース、奈々枝に振り回されたり。
更にある時は、カメラ部顧問、静の過去に触れ彼女の説得に回ったり。
正に七転八倒、そう言わんばかりのドタバタの中。過去を思い出してほしいとやきもきする雪希は彩人に勝負を挑み。彼に教わり、自分もまたおっぱい写真へと飛び込んでいく。
「雪希が自分で考えて出した答えがあった」
大切なのは物まねではなく、自分で考える事。ただ真似るのではなく、追随するのではなく。自分の考えで、自分の手で、自分の心で写真を撮ると言う事。
その果てに待っている景色と、彼と彼女の巡る思い。その芯はブレず、いつだって曲がらない。
明るく楽しく元気よくという枕詞が似合いそうな程に、お馬鹿でどアホ、けれど真っ直ぐな主人公が心のままに進んでいく。全く以ていい意味でナンセンス、と言ってもいいかもしれぬ。けれどこの作品に込められた熱量は正しく本物である。七転八倒という言葉が似合いそうな程に、ドタバタなままに駆け抜けていく。
だからこそ、この作品は笑える。何も考えず読める中に、心が元気になる栄養素が詰まっている。
そんな健全で爽やかなこの作品、心が弱っている読者様や元気になりたい読者様には是非読んでみていただきたい次第である。
読めばきっと、貴方も元気になれる、かもしれない。
元気になりたい読者様、何も考えず笑いたい読者様は是非に。
きっと貴方も満足できるはずである。
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