読書感想:彼女にナイショの恋人ごっこ。

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 さて、この世の中には「遠くの親戚より近くの他人」なんて諺があるらしい。大意としては、いざという時には遠くに住んでいる親戚よりも近くに住んでいる他人の方が頼りになるという事である。この諺、的外れなものなのだろうか? 半分は的外れであるかもしれない、ではもう半分はどうだろうか。

 

 

遠距離恋愛と身分差。それがこの作品の根底に根付くものであり、埋めようもないものである。そこに光を当て、綺麗なだけではない恋愛を描いていくのが本作品なのである。

 

優秀過ぎて本社から地方の工場へと出向させられ。不安定な勤務時間や個性的に過ぎる同僚たちに悩まされ、本社への復帰を夢見ながら日々働く社会人二年目の主人公、一郎。

 

 彼の恋人、それは今を時めくアイドルグループの一員、彼方。だが身分差もあり、それ以前に中々恋人同士としての時間が取れず、恋人同士としての絆が深められず。そんな彼に接近してくる影が一つ。馴染みのコンビニの店員であり、よく彼を揶揄ってくる桃子(表紙)である。

 

「わたしと”恋人の練習”してみましょうか。彼女さんを、他の誰かに奪われないように」

 

ひょんな事から聞いた彼の本心。それを聞き、桃子が提案したのは「恋人ごっこ」。理想の恋人になる為に、平時はまるでおままごとのように。その提案に乗り、恋人の練習をする事になる一郎。

 

手を繋ぐときは男性から、ハグくらいで恥ずかしがらずに、キスは誰にもバレないように。

 

彼女と練習を重ね、彼方との秘密の逢瀬の現場でそれを生かし。彼方の心の琴線を揺らし、二人の関係は確かに深まっていく。

 

 けれど、そんな中でも桃子の事も忘れられなくなっていく。一番大切なのは彼方、優先すべきなのも彼方。その筈なのに、何故か彼女の事が目に入ってしまう。どうしてか彼女に手を差し伸べてしまう。

 

それは彼女の悲惨な境遇を知ってしまったからか、それともごっこ遊びとは言え、確かに恋人であるからか。

 

それとも、大人としての子供にみせる矜持があるからか。

 

そのどれでもあるかもしれないし、どれでもないのかもしれない。だがその行いは間違いなく桃子の心を掴んでいく。絶対にイケナイ恋心を彼女の中に芽生えさせていく。

 

「わたしの初恋相手を寂しくさせるような彼女さんに遠慮はしません。あなたには”猫”のほうを好きになってもらいますから」

 

 大人であれば、諦める事が出来ただろう。自分の心に嘘を吐く事も出来ただろう。だが、彼女は未だ純粋な子供だ。諦めるなんてことを知らない力の塊だ。だからこそ彼女は踏み出し、宣戦布告する。大切な貴方を奪い取ると。

 

不義理、不純愛。その通りかもしれない。だが、個々に交わされる想いは純愛であり、背徳感とのギャップが心をそそらせるように、突き刺すように攻めてくる。

 

どこまでも純粋で、だからこそ不純。馬鹿みたいに皆、自分の楽しいに純粋で、無償の優しさを持っていて。

 

これだからあまさきみりと先生は止められない、角川スニーカー文庫は止められないのである。

 

様々に揺れ動く感情が好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。