読書感想:貘 ―獣の夢と眠り姫―

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 さて、人は眠っている時に夢を見るものである。夢とはその人の願望を現すものであり、誰かに追い駆けられたりする夢は危険と言われていたり、夢占いというジャンルの占いがあるほどに、夢と言うものは様々な可能性に満ちているものである。

 

 

ある意味においては、電脳世界よりも身近な仮想空間であると言ってもいいかもしれない夢の世界。もし、そんな世界が自分の自在に利用できるとしたら貴方はどうされるであろうか? そんな世界が、もしもう一つの世界となったのであれば貴方はどう行動されるであろうか?

 

そんなある意味夢のある舞台の中、熱く激しいバトルが見所となっているのがこの作品なのである。

 

礼佳九年と呼ばれる、架空の元号の時代が始まった日本。この世界においては、電子の通信技術の代わりに夢を媒体とした通信技術が発達し。「共有された夢」という作られた空間の中、夢の中という落ち着くべき空間の中までも経済活動に費やしていた。それが一番、効率的であると言わんばかりに。

 

 しかし、そこに社会が構築されているのなら、悪い事を企む輩がいるのはいっそ当たり前なのかもしれない。夢の秩序を乱し、その夢に繋がる人々の精神を破壊する存在、「ノイズ」。脅威度によってランク分けされ、様々な獣の形を取る、人々の精神を脅かす敵。そんな脅威に対し、対抗する者達がいた。彼等の通称、「貘」。そんな、夢の中での戦いを生業とする者達の一人、それこそがこの作品の主人公であるトウヤである。

 

高校生でありながら任務に従事し、特殊な力は何も持たぬけれど、常識はずれの夢の中での耐久性を武器に。明るい後輩であり狙撃手、ウルカと気だるげな剣士のヨミと三人一組でノイズを狩るトウヤ。

 

彼の抱える悲劇的な過去、そして「眠り姫」と呼ばれる、過去の一件から眠り続ける姉、センリ。そして、姉に何故か酷似した外見を持つ少女。その名はメイア(表紙)。何らかの「願い」をかなえるためにトウヤの前に現れた謎の少女である。

 

突如として始まる同居生活。彼女がチームに加わった事で広がる不協和音。

 

 時に拒み、ぶつかり合い、喧々諤々の日々を繰り広げながら。トウヤは過去の悪夢の象徴、「顎の獣」と呼ばれる強大なノイズと再び邂逅し。彼の過去に根付く事件の真実、大人がひた隠しにしていた「必要悪」へと仲間達と共に触れる事になっていくのだ。

 

メイアの正体、過去の事件の真相。忘れられぬ因縁と、そこに絡まる誰かの思い。

 

「それじゃあ、いってきます」

 

「あぁ、いってらっしゃい」

 

 その全てを背負い、トウヤは大人達の思いを背負い、導きの星に導かれ、仲間達と共に獣との決戦へと挑んでいく。

 

その果ての景色、結果は是非自身の目で確かめてみてほしい。

 

濃密に練られた世界観の中、それぞれの譲れぬ思いを抱えた、濃厚な生の輝きをみなぎらせた者達が時に交錯しながら戦いの中を駆け抜ける。

 

正にそれこそが熱さ、それこそが醍醐味。そして、そこが面白いからこそこの作品は今の世の中に必要であると言えよう。

 

熱さ溢れる異能バトルが好きな読者の皆様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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