読書感想:祈る神の名を知らず、願う心の形も見えず、それでも月は夜空に昇る。

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call your name.  君の名を呼ぶ、それは相手を呼ぶと言う意味で大切な事であり、相手の存在を肯定するという意味においても大切な事である。画面の前の読者の皆様はどう思われるであろうか。そして、人間には切り分けられないものがある。果たしてそれはどんなものか。画面の前の読者の皆様であれば想像はつくであろうか?

 

 

かつて勇者が邪神を討伐して千年が経過したとある異世界。かの世界は今、衰退の一途を迎え、邪神の眷属を滅ぼす事の出来る「遺物」を唯一使える「貴族」が、それを扱う力を持たぬ「亜人」達を支配する、という支配構造が成り立っていた。

 

 そんな世界の片隅で、竜人族の聖女、レイミア(表紙中央)の祈りにより、かつての勇者が復活の時を迎える。その名はセロト(表紙左下)。だが、誰しもにとって予想外の事態が発生していた。復活した勇者であるセロトは記憶を持たず。故に勇者としての自己が不確定であり、誰かの祈りに応じて、その願い通りの姿を取ってしまうという異常事態が起きてしまうのである。

 

魔人族に全てを奪われた天使族の王女、アンゼリカ(表紙中段右)の祈りに応え、傲岸不遜、けれどぶっきらぼうな優しさを持つ勇者、アド(表紙右下)が顕現し。

 

心に空虚を抱える妖精族の王女、ミード(表紙左上)の心の隙間を埋めるかのように、理知的な雰囲気の中に謎を隠す勇者、ドーパ(表紙上段右)が顕現する。

 

 祈りに応じ千変万化、今は三者三様。貴族として入学した全ての叡智が集うと言われる「学園」で待つのは何か。それは、不安定な勇者の心を手に入れんとする少女達の心の交差。そして、「言葉」と縋るべきものへの「祈り」、そして少女を縛る「真実」へと触れていく物語なのである。

 

譲れないからこそぶつかり合い。意地だけで貴方には負けたくないと張り合い。

 

だけど、ぶつかり合うからこそ分かり合える。何も知らない同士、けれど同じ人の名前を呼んだ者同士として。これから先、知っていけばいいと言わんばかりに、ぶつかり合う事で分かり合えるものがある。そしてそこに命を賭けるからこそ見つけ出せる、心に秘めていた切なる、幼子が如き祈りが呼び起こせる。

 

「本当の神秘に、本当なんてないんだよ」

「神の創造行為を見るがいい」

 

 その願いが勇者へと届く時。少女達の祈りが重なり響く時。勇者だけの、切り分けられぬ原初の可能性が導き出した脆くとも折れぬ力が。奇跡を望むがままに引き起こす、神の御業が如き力が目を覚ますのだ。

 

この作品の面白さを、たかが千文字と少々で書き記すのは難しい。万の言葉を費やしても足りぬかもしれない。この作品はそれほどまでに奥深く。読み進めるにつれて確かに引き込まれていく事間違いなしの、圧倒的重厚感を持つ作品なのである。

 

王道のファンタジーが好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

祈る神の名を知らず、願う心の形も見えず、それでも月は夜空に昇る。 (MF文庫J) | 品森 晶, みすみ |本 | 通販 | Amazon