読書感想:演距離カノジョの比奈森さん クラスメイトの彼氏役はじめました

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 さて、この世の中には俳優や声優といった、何かを「演じる」事を仕事としている人達がいる。そんな人達がいるからこそ、この世の中のエンターテインメントは支えられている一面がある、という事は画面の前の読者の皆様もご存じであろう。では、「演じる」上で重要になる事とは一体何なのであろうか? そこは演じる者個々により異なるのかもしれない。だが、演じるうえで自分と言うものは必要なのであろうか?

 

 

役者になる事を夢に持ちながらも、生来の不器用さで一次審査で落ちてばかり。でも前向きさでひたむきに頑張る高校二年生の少年、了介。彼はある日、謎の女性に才能があると声をかけられ。藁にも縋る思いで、女性が渡してきた名刺に書かれていた場所、「霧島芸能事務所」と呼ばれる場所を訪ねていた。

 

事務所の所長である祥子に演技指導などの条件を付けて契約を結ばされ。彼は気が付けば、「派遣カップル」という言わば「サクラ」役として働く事になり。そんな彼の元に客として訪ねてきた少女がいる。その名は優衣(表紙)。学校一の美人、という訳でもないけれど真面目で人当たりの良いクラスの優等生である。

 

彼氏役を求める彼女と契約を結ぶ事になり。事務所からの指示で、カップル役として様々な場所に派遣される事になる了介。

 

 唐突に始まる、甘々しくもどこかちぐはぐな日常と、恋人と言うにはもどかしい二人の関係。何処か微妙な距離でやり取りを続け、疑似的な恋人として触れあいながら。優衣の心の中、確かに何かは変わり出していく。

 

「彼氏役を鳴瀬くんにお願いできてよかった」

 

ふとこぼれたのは、本音か建て前か。

 

「鳴瀬くんってどんな笑顔が好きなんだろう?」

 

彼の一言に、何故か心動かされるかのように。気が付けば笑顔の研究なんかをしたりして。

 

 義妹である紗雪の事情を見てきたから。父親の悪影響を受けて来てしまったから。気が付けば優等生の「仮面」の裏、自分の本当の素顔が分からなくなっていた。

 

「与えられた役は、最後まで演じきらないといけないって思ったから・・・・・・かな」

 

だが、了介はその仮面を乗り越え、言葉を届けてくれた。演じる事が出来ない不器用な等身大。だが、役柄と言う仮面を被れないからこそ、その言葉はどこまでも純粋。その言葉は優衣の心に届き、動かぬ表情の奥に秘められた、燻る本当の想いを蘇らせる鍵となっていく。

 

「・・・・・・自分でも気づかない一面を気づかせてくれるところ・・・・・・かな」

 

 だからこそ、まるで零れるかのように溢れたその言葉は。予定にはない本心の語りは。彼女が変えられた証であり、本当の素顔の一端が晒されたという証拠なのだろう。

 

気持ちの良い心を持つ登場人物達が織りなす、爽やかで温かく、どこか甘酸っぱいその恋。そこに確かに溢れる想いは、こんなにも甘く優しい。

 

だからこそ、このこそばゆいラブコメは、ラブコメとして一つの到達点へ辿り着いている。だからこそ、胸を張って言いたい。この作品は、間違いなく面白いと。

 

もどかしいラブコメが好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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