読書感想:キミに捧げる英雄録1 立ち向かう者、逃げる者

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さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様。「自分の人生の主役は自分自身」なんて言うけれど、貴方は自分の人生でどんな役として生きたいだろうか。自分は主役でも誰かに取っては端役、そんな生き方よりも誰にも負けぬ主役として振る舞いたいとは思われるだろうか。

 

この世界の数々の英雄の活躍が記された「英雄録」。精霊が語り紡ぐが故に、嘘はつかない、この世界に置いては誰もが憧れる物語。そんな物語に「主役」という名の英雄として名を刻まれる事は、無論最上の栄誉である。

 

 そんな英雄に憧れるけれど、自身は何の良い所もない臆病者な少年がいた。彼の名はアイル(表紙右奥)。同郷の「主役」、「迅姫」と異名をとるベルシェリアに憧れるけれど、誰にも期待されていなかった少年である。

 

だがしかし、彼は憧れをどこまでも捨てきれなかった。憧れを抱き、腐らず進む日々の中、ベルシェリアに弟子にならないかとの誘いを受け、彼は「剣の都」と呼ばれる大都市を訪れる。

 

 けれど、初めての街で出会ったのは、ベルシェリアの弟子であり彼に取っては姉弟子、「淑姫」との異名をとる皆の期待を一身に集める少女、シティ(表紙左)。彼女を始めとする、自分とは隔絶した段階にいる数々の実力者たちである。

 

目指す頂は遥か彼方。未だ尻尾も見えぬ程に。けれど、彼に期待しているとの言葉を希望とし、アイルは必死に、地道に訓練に励む。

 

その最中、彼はとある一冊の魔導書と出会い、契約する。彼の名はイゼゼエル。遥か過去から生きてきた魔導書であり、彼に無双の力を与えると嘯く、口が悪い魔導書である。

 

でも、契約に関しては真摯で真っ直ぐ。彼に身体を明け渡す術と共に、はるか昔の英雄達の戦闘経験を覗ける術を得て、更に修行に励むアイル。

 

だが、何たることか。彼はある日、唐突にベルシェリアの思惑を知ってしまう。本当は自分に期待なんかしていない、彼の「端役」としての才能を見込み、シティの当て馬とするために彼を呼び寄せたと言う残酷にも過ぎる思惑を。

 

今までのアイルであれば立ち止まっていたかもしれない。だが、今はもう違う。まだ臆病だけれど、確かに歩んできた修行の道がある。そして自分を信じてくれる、相棒がいる。

 

トラウマを乗り越える為、元凶である大鬼を倒すために潜った森。しかしそこに現れたのは大鬼の亜種、そしてシティ。まるで彼女の為に設えられたかのような主役の舞台。

 

なら、ここで立ち止まるのか? 主役は彼女だからと諦めるのか?

 

「またこの光景を受け入れることがッ、なによりもこわいッ!」

 

否、それは嫌だ。彼の内から溢れ出す、魂と本能が導き出す始まりの叫び。

 

「そこを退け、運命」

 

「”僕が通るッ!”」

 

その叫びは全ての臆病の鎧をはぎ取って、いっそ乱暴なばかりに彼の背中を蹴飛ばして。けれどこの瞬間。確かに彼は自分の殻を破った、前へと踏み出した。それこそは英雄の資質。その名は「勇気」。この瞬間、確かに生まれたのだ。新時代を告げる英雄が。

 

シティを白百合とするならば、アイルは蒲公英のような存在だ。地味で誰にも見られず、注目もされない。

 

だけど、どんな花にも咲き誇る資格がある。そして、何度踏みつけられたってまた立ち上がり咲き誇れる。逆境の中で踏みつけられてきたからこそ、彼の英雄としての資質は目を覚ます。

 

さぁ、刮目せよ。今、この舞台の主役は誰でもない、彼だ。どんなに泥臭くてもボロボロでも、確かに彼は英雄なのだ。

 

 

逆境があるからこそ熱く、誰よりも命の叫びがあるからこそ輝いて。まさに熱い、まさにエモい。この作品は、新たな時代のファンタジーの旗手の一人となるべき作品だと私は声を大にして叫びたい。

 

ファンタジーが好きな読者様、逆境からの逆襲が好きな読者様は是非。

 

 

また一つ、この世界に最高の物語が生まれる瞬間に立ち会える筈である。

 

キミに捧げる英雄録1 立ち向かう者、逃げる者 (MF文庫J) | 猿ヶ原, こーやふ |本 | 通販 | Amazon