想像してみてほしい。私達が今、何気なく過ごしている今日という一日が何度も繰り返されていて、繰り返しの中から自分の意思ではない意思により、記憶として残る一日が決まるとしたら。何度も何度も繰り返した同じ日の記憶は自分の中には残ってないとしたら。画面の前の読者の皆様は何を思われるだろうか。何を選ぶであろうか。
この世界は何度も何度も、同じ一日を繰り返す。その平均回数、一日につき約五回。その繰り返しの中から、世界にとっての一日が世界により選ばれ、日付は進む。
それは誰も知らぬ筈だった、覚えていない筈だった。だがしかし、幸か不幸か。繰り返しがあったという事実を覚えている少女が、一人だけいたのだ。
彼女の名前は綾香(表紙右)。繰り返しがあった事を何故か自分だけが覚えているという呪いに罹る、今年高校一年生の少女。
彼女を疎む家族につけられた渾名、それは「魔女」。何故彼女は疎まれる事になってしまったのか。それは幼少期より繰り返しの分だけ人生経験を獲得してしまい、自分だけが覚えている記憶のせいで周囲とすれ違う事となってしまったから。
そんな大人な彼女は、繰り返す日々の中で一人の少女と出会う。その少女の名は未散(表紙左)。大人になったら魔法使いになると嘯く、社交的でクラスの中心が如き人物である。
「わたし今日サンドイッチなんだけど、稲葉さんも食べる?」
何度も彼女が昼食を忘れるのを見て手を差し伸べ。そこから始まる未散との交流。今日を越えた今日、繰り返す日々の中で友達になってくれた彼女との時間。
「二人だけの秘密だよ」
彼女の言葉に一喜一憂し、何でもない贈り物が何故か妙に嬉しくて。
「どうして毎日を退屈だと感じているのに、稲葉ちゃんと過ごす時間は何度繰り返しても楽しい時間のままなのか」
喧嘩したって仲直りして、いつしか彼女と過ごす日々は楽しいものとなっていた。
「ねえ、今どんな気持ち?」
「未散と同じ気持ちよ、きっと」
心通じ合い触れ合い、初めてのキスを交わした。だが、そのまま幸福なままではいられなかった。突然襲われる、未散を襲う様々な不幸と齎される死の因果、その果てに容赦なく確定される今日。
「あんた、魔法使いなんでしょ」
身近にいたもう一人の魔法使いの手を借り、綾香は今日を捨て昨日へと舞い戻り、未散を救う為の戦いの日々を始める。
それは、絶対的な力を持つ「世界」へとたった一人で突き立てた反逆の牙の物語。何度彼女が死のうとも、自らを殺す事でまた繰り返し、どれほど自分を削ろうとも歩みを止めぬ、まるで自己犠牲かの如き献身と愛。
「だいっきらい」
「うん、ずっと一緒にいるから。一人にしないから」
そして綾香の死闘は、1095776日の「今日」は無駄ではなかった。彼女の戦いにより世界は徐々に壊れだし、未散もまた思い出していたのだ。彼女が未来から来た事、未来に確かに希望があるという事。
「夢になったの。綾香が見たものは」
「信じて。全部私が夢にしたの」
繰り返しの果て、繰り返した「今日」を捨てて掴んだもの。それは誰にとっても同じ、一度きりの「今日」だった。
この作品は、切なく痛ましい作品である。そして不器用で繊細な、お年頃の少女達の思いが交わる百合な作品である。
そして、「忘れえぬ魔女」と「忘れえぬ魔女」、二人の魔法使いのお話なのである。
だからこそ、この作品にはたった一言、「尊い」。この言葉がぴったりな筈である。
繊細な心理描写が好きな読者様、しとやかで初々しい百合が好きな読者様、尊さで悶えたい読者様にはお勧めしたい。
きっと貴方も満足できるはずである。
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