前巻感想はこちら↓
https://yuukimasiro.hatenablog.com/entry/2020/04/19/234043
例え傷つくだけだとしても、例えその先が地獄でも。自分の目の前から去ってしまった誰かを愛するというのは苦しくて痛くて、だけど尊い想いなのだろうか。
さて、このとんでもなく歪で面倒くさいラブコメ、刊行されるやいなや私の心にとんでもない傷をつけていったこの作品が遂に続刊である。では今巻では一体何を描くのか。記憶を取り戻したくー助君は一体何を経験するのか。
その答えはクリスマス、聖夜に向けてのそれぞれの心の動きであり、表紙も務める霙の諦めきれぬ心の想いを示して見せる巻である。
記憶を取り戻し花蓮と別れたくー助。取り戻した記憶と共に季節は移り変わり、聖夜が気が付けば近づいてくる。
花蓮不在のこの時を狙うと言わんばかりに、聖夜を共に過ごそうとアプローチをかけてくる霙と紙織。だが、悩んでいるように見えて彼の心は紙織へといつのまにか向いていた。それを近くで見届ける事になる霙の心に去来するのは、名前をつけたくない感情で。
どれだけ必死に手を伸ばしても、彼の心には届かず。その手は空を切り、彼は自分ではない別の誰かの元へと歩いていく。
「これからが地獄になるって、わかってるんだよね?」
涙する彼女の元に現れた花蓮は無慈悲に告げる。この先は引き返せぬ地獄だと。まるで生き地獄のように、大好きな人を隣で見つめる事しか出来ぬ世界だと。
だが。だが彼女は。
馬鹿にするなと精一杯のどや顔で切り返して。花蓮が持たぬ強い意志の瞳で言い返す。
「いい、そう決めた。―――これが、私なりの戦い方」
そしてくー助へと、絶対にあきらめぬ、最後に笑うのは自分だと宣戦布告を叩きつけて見せたのだ。
花蓮の捨てようとすれど終われぬ恋、紙織の今まさに始まった恋、そして霙の逆転を狙う恋。
恋は綺麗なばかりではない。恋は愛憎であり呪いだ。そんな事実を突き付け刻み込むかのように誰もが面倒くさくて歪んでいて。でも、だからこそ彼女達の心の叫びがよりダイレクトに見せつけられて彼女達との間で交わされる嘘が何処か心地よくて。
綺麗なだけではなく面倒くさくて。はた目から見ると彼女達の関係は確かに歪んでいるかもしれないが、これで正解なのであり、誰もが変わっていける。その可能性の芽を持っている。
この作品はここで終わりであるらしい。だからこそ手軽に読めるのでどうか読んでみてほしい。きっと何か心に刻み込まれるものがある筈である。