読書感想:千歳くんはラムネ瓶のなか

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突然ではあるが画面の前の読者の皆様、貴方はリア充だろうか、それとも非リア充だろうか。リア充な読者様はどのように自分をリア充に保っておられるのだろうか。

 

ガガガ文庫ブコメ四天王(四月には五神将)、その二番手に付ける第十三回ライトノベル大賞で優秀賞を受賞したこの作品。この作品は、普通ではない。ではどのような点が普通ではないのだろうか。

 

それはこの作品が青春ラブコメにありがちな非リア充の視点ではなく、往々にして主人公達とは関わらぬ存在、リア充の視点で描かれているという事である。

 

主人公である千歳朔は、自分の正妻を自称する夕湖(表紙)達と青春を謳歌する、明るくどこかお調子者で憎めない、だけど裏では様々な悪口をその身に受けている三枚目。

 

方々に愛想を振りまき、いい顔をし人間関係を回す。そんな彼が関わる事になる引きこもりの少年が健太である。

 

そして、この巻では主に健太の目線から朔達が描かれていく。だからこそ明らかになるものがある。

 

部屋の窓を叩き壊されるという衝撃の出会いで連れ出され、自分を変える為様々な場所に付き合わされ指導され。どんどんと変わっていく彼の目を通して描かれるのはリア充達の本当の姿。

 

リア充とは生まれた時からリア充なんて事はない。彼等だって同じ人間であり、同じ年ごろ。だからこそ悩み、努力し、この立ち位置でありたいと願っている。

 

「そうやって下から目線でリア充を叩くお前たちは、上から目線で非リアを嘲笑うリア充たちと本質的に同類だ」

 

そう、リア充も非リア充も本質的には立っている場所は同じなのである。それはただ見上げているか見下ろしているかの違いだけなのかもしれない。

 

「健太は、月に手を伸ばしたんだよ」

 

そして、リア充である筈の朔だって必死に空の上、届かぬ月へと手を伸ばしていた。健太と同じ、深きラムネ瓶の底から憧れへと。

 

そう、朔は只の青春ラブコメの主人公としては異端の三枚目ではなかった。心の内側に弱さと熱さを隠していた二枚目であり、王道の青春ラブコメの主人公だったのだ。

 

だからこそ、彼はこの作品の主人公足り得るのであり、彼だからこそこの作品は成り立つのである。

 

既に二巻も発売中、そして四月には三巻も発売。どうか画面の前の読者の皆様もこの作品についてきてほしい。きっと満足できるはずである。

 

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